安藤すみれ 

1999年6月16日 


2015年4月 ~ 2018年3月 都立大江戸高等学校

2018年4月 ~ 2022年3月    日本大学 法学部 法律学科 第二部


ゼミ・専攻:憲法学ー日本における憲法訴訟・判例の検討、事例研究

卒論テーマ:LGBTQ)関連法案の法整備に向けてー憲法学的視点から

趣味

音楽鑑賞(ロック・パンク・シューゲイザー・ドリームポップ・インディーバンドなど)

現代短歌づくり(出版社から本を出すのが夢)、文章を書くこと

歌集 https://www.seichoku.com/item/DS2002240


岩手県花巻市で生まれ、2歳の時に東京都大田区に来て以後ずっと東京で育つ。

子どもの頃は手がかからないいい子だったらしい。みんなと遊ぶのも1人で遊ぶのも好きで、新しい物好きで活発。

何事もなく小学校に入学するが、秋学期ごろから学校を休み始める。いじめや家庭環境が原因ではなかったため解決方法がわからず、休み続けてしまう。

その間にクラスメイトが家に来て、学校行こうと何度も誘われたり、担任が手を引っ張って無理やり教室まで連れて行かされるなどがあり、余計に学校へ行けなくなってしまう。

しかし、学校に通いたい気持ちは強く、保健室登校やスクールカウンセラーと過ごす日々を送る。

勉強が大好きだったため、家にいる間は独学で勉強したり、本をたくさん読んだり、外国人とチャットをして英語が喋れるようになるなど、好奇心を活かして過ごす。


小学校6年生から適応指導教室(フリースクールのようなもの)に通い始める。

ずっと1人で勉強してきたため、学べる場所や教えてもらえる場所があることの素晴らしさに気づき、学ぶことがより大好きになる。

英語や社会科目に関心が強く、高校レベルの勉強を進める。

適応指導教室の帰りは図書館へ通い、小説を読み漁る。


中学入学以後も不登校が続く。

学校へ行きたい気持ちはずっとあったものの学校やクラスへの恐怖心が強く、中学は1日も通うことができなかった。

適応指導教室は中学卒業までの3年間通い続ける。


中学3年生の頃から「このままじゃだめだ、自分を変えたい」と思い始め、高校から復帰することを決意する。

9年間の不登校に終止符を打つ。

通学形式と自由な授業選択ができるところに惹かれ、チャレンジスクールに進学する。

学校そのものやクラスメイトへの恐怖心を徐々に克服する。

学校ってこんなに楽しいんだという気持ちを抱く。


高校では行事に積極的に参加したり、資格の取得に挑戦するなど、今までを取り戻すように何事にも懸命に取り組む。

もともとの勉強が大好きだった気持ちがどんどん触発され、大学に行ってもっと学びたいと思うようになる。


一般受験で進学しようと思い猛勉強する。センター試験を受け、センター試験を受けるというみんながやっていることをできる嬉しさを感じる。

日本大学法学部へ進学。


大学でも「勉強が楽しい」という思いでほぼ休まず通う。

自分で学費を払っていたため、スーパーとコンビニのアルバイトを始める。

朝から昼過ぎまで働き、夕方から夜まで大学へ行く生活を続ける。

疲れた、しんどいと感じることはあったものの、勉強したいという一心で頑張り続ける。


その甲斐あって3年生からは成績優秀者に選ばれ、学費が全額免除になる。


ゼミでは副ゼミ長を務める。

新しいことや面白いことが好き、どんなことにも懸命に取り組んで良いものにする性格を活かし、活動を盛り上げるため尽力する。

先輩とも深く交流し、飲み会やOBOG会、オンライン寄せ書きなどを企画する。

高校から大学では、学校や社会が怖い、外に出るのが怖いといった気持ちを克服した。



不登校の経験は貴重だと思う。

行っていないから身に付いたこと(知識・思考力・体験)がたくさんある。それと同時に、学校に行かないと身に付かないことへの後悔もある。

また、今まで挫折や失敗続きの人生だったが、その分「明るいあきらめ」のようなものが身に付いた。

元々チャレンジ精神旺盛だが、失敗しても怖くないしやってみようと考えるようになった。



就活では出版社を志望(していた)。

法律や政治が大好きで、法学部に進み4年間勉強する中で、面白さや楽しさを感じるのと同時に、その難しさや分かりづらさを感じることが多々あった。

そこで、そういった難しさを感じている人に本という媒体を通して、わかりやすく面白く伝える仕事がしたいと考えた。

具体的には一般向け図書はもちろん携わりたいが、「憲法ってなあに?」とか「LGBT法をわかりやすく」といった、子ども向けの法律書のようなものを作ってみたい(と考えていた)。

また、短歌を作ることを趣味にしているが、作品を伝える手段が限られていることを実感している。私と同じように創作活動する人の「伝える架け橋」となり、表現のサポートがしたい(と考えていた)。


出版社は非常に狭き門で、選考が進むことはあったが内定は貰えていない。

編集者になることを諦めてはいないが、不登校だった経験を活かして、不登校児向けの塾やNPOで働くのもいいなと思っている。

一度レールから外れてしまった人間でも、自分にできることを精一杯やりたいし、できないことでも挑戦したい。働きたい。働くことを諦めたくない。



私のいいところは、明るい暗さと暗い明るさをもっているところだと思う。

明るくて暗い、暗くて明るい私のまま生き続けたい。



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